電撃文庫

○○○○ ドラマCD発売記念特別短編「立華ズ・ブートキャンプ」後編

「むーろーみーさぁああああん!」
 翌月曜日、般若の形相でオフィスに殴り込む。
 激しい怒りが身体を満たしていた。いくらなんでもひどすぎる、わざわざ太る方法を教えるなんて。悪戯にしても悪質極まりない。彼女自身はあのプロポーションだからおそらく本当に痩せる方法を知っているのだろう。だが工兵には伝えることなく偽りのノウハウを告げてきた。なぜ? 知るものか、いずれしめあげて吐かせれば分かることだ。人を小馬鹿にしやがって、今日こそあの幼女に一般常識というものを教育してやる。口中にピーマンとエリンギを詰めこんで泣くまで攻め立ててやる。
 殺気だった視線で室内を眺めていると、うしろで「あら」と声が上がった。
「どうしたの工兵君、怖い顔して」
「カモメさん」
 黒髪のアシスタント、カモメが自席で目を丸くしていた。柔和な雰囲気に当てられわずかに怒気が萎える。だが退くわけにはいかない。表情を引き締め向き直った。
「室見さんを探してるんです、ちょっと大事な用があって」
「立華ちゃん?」
 カモメは瞬きしてパーティションを顧みた。
「うーん? 立華ちゃん今日明日と出張じゃなかったっけ、ほらN電子の現地作業で」
 あ。
 言われてみれば確かに、先週末新幹線のチケットを申請していた。乗り換え案内を確認して……ということは。
「明後日まで会えないってことですか」
 うんとうなずかれる。
 なんということだ。今の憤りを抱えたままあと二日も我慢せねばならないとは。ストレスが高じて酒を飲みまくってしまいそうだ。太る、また太ってしまう。
 ただならぬ様子を見てとったのだろう、カモメは小首を傾げた。
「立華ちゃんと何かあったの?」
「何か? ええ、ええありましたとも」
 鼻息荒く事情を説明した。ことの発端、室見のアドバイス、苦しいダイエットの日々。そして銭湯での結末も含めて包み隠さず語っていった。
「本当に、本当にありえないですよ。僕、ここ二週間必死だったんです。他テナントの人に笑われながら階段ダッシュして、橋本課長からは『桜坂さん最近枝豆ばっかりですよね』って言われて……それでも室見さんに従えば痩せると思ったから、生活スタイルを正せると信じたから頑張ってきたんです。なのに、それなのに……」
 憤激する工兵に、だがカモメは「……あー」と天井を仰いでみせた。やや困り顔で頬を掻く。
「えっとね、工兵君。信じられないかもしれないけど、それ立華ちゃん悪気ないから」
「はい?」
「立華ちゃんはよかれと思ってアドバイスしたの。工兵君を騙すつもりなんて欠片もなかったと思う」
「でも」
 事実自分は太ったままでないか。わけが分からずにいるとカモメは椅子に座り直した。
「まずね、工兵君が痩せていない理由は簡単。カロリー摂りすぎ」
「え」
 さらりと衝撃的な結論を突きつけられる。カモメは指を立てた。

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