電撃文庫

○○○○ こちらは「なれる!SE」ドラマCDの発売を記念して、Web用に書き下ろされた特別短編です。
ドラマCD発売記念特別短編「立華ズ・ブートキャンプ」後編

 一ヶ月後。
 工兵は件のスーパー銭湯を訪れている。
 休日の浴場は相変わらず混雑していた。走り回る子供が泡と水を跳ね上げている。近所の老人達がとろけた表情で湯浴みしていた。
 サウナでたっぷり汗を掻きシャワー使用、湯船に百までつかってから浴場を出た。バスタオルで身体を拭い壁際に向かう。
 ごくりと唾を飲む。
 目の前には全ての発端、白の体脂肪計が鎮座していた。一月前自分はこの機械により地獄を見たのだ。心に刻まれた傷はかなりの深さだったらしく、真夜中にうなされ飛び起きたことも一度や二度でない。夢の中で自分はデブでハゲでニキビだらけになっていた。室見には「寄らないで」と言われ、梢には「誰ですか? あなたなんて知りません」と告げられ、カモメには「うーん、アウト?(笑)」と首を捻られる、そんなナイトメア。間違いなくトラウマになっていた。
(だが今日自分は……トラウマを克服する)
 思えば苦しい日々だった。
 遅刻ギリギリでの階段疾走、弁当買い出しでさえエレベータ使用は許されない。ある時は筋肉痛に悩まされ、ある時は動悸息切れに苦しみ、それでも休むことなく走り続けてきた。もちろん食生活も改善していた。朝昼はしっかり食べ、夜のおつまみを軽めのものですます。睡眠の質にこだわり部屋を清潔に保ちゲームは一日三十分まで。気づけば視界がクリアになり髪の太さ・艶も増していた。
 これは……いける。
 確信を胸に体脂肪計に乗る。デジタル表示の指し示す数値は。
 ………。
 太っていた。
 一月前より更に二、三キロ。体脂肪率と仲よくカウントアップ。
 しばらく身動き一つできなかった。顔から全ての表情が消える。まじまじと数字を見つめ続けるがどれだけ経っても結果は変わらなかった。
 デブ、デブ、デブー。
「なんでじゃー!」
 双眸を血走らせドレッサーに駆け寄る。何かの間違いだ。数値の呪縛に囚われず己が姿と向き合えばきっと真実が見えてくるはず。
 だが鏡に映る裸身は一月前と大差なかった。たるんだ二の腕、顎下の線、脇腹の贅肉。
「おぉ、兄ちゃん久しぶりやな」
 脇から声をかけられた。太鼓腹の老人がタオルで背中を拭っている。
「なんや、またええ身体なってきたなぁ。ほんまワシの若い頃に生き写しや。ほれ、このへんとか」
 大笑しながら腹を叩く。ぽーんと乾いた音が脱衣場に響き渡った。
 悲鳴は声にならなかった。

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