電撃文庫

○○○○ ドラマCD発売記念特別短編「立華ズ・ブートキャンプ」前編

「いいじゃないですか、その……基礎代謝ってやつ。どうすれば増やせるんですか? サプリメントでも飲んでみるとか?」
「そんな都合のよいサプリあるわけないでしょ。基礎代謝を増やす方法はただ一つ、筋肉を増やしまくることよ」
「筋肉を? 筋トレってことですか?」
 室見はうなずいた。
「筋肉を一キロ増やせば代謝量は約三十キロカロリーアップ。十キロ増やせば三百キロカロリー/日よ、体脂肪率も落ちるから一石二鳥……ううん実際に力もアップするわけだから一石三鳥ね」
「いや……いや室見さん、増やすって簡単に言いますけど」
 慌てて制止する。いきなり前提条件が崩壊しているように思えた。
「さっきも言った通り、僕ジム行っている余裕とかないですよ? 土日出勤も多いし平日だってほとんど終電帰りじゃないですか」
「なんで筋トレ=ジム通いって話になるのよ」
「だって」
 通勤電車でスクワットとかしていたら明らかにおかしいだろう。どっかの馬鹿妹じゃあるまいし。
 だが室見はちっちっと指を振った。
「想像力のない奴ね。運動なんか身近なものでいくらでもできるでしょ。一日に最低二回、下手すれば五、六回でも」
「……というと?」
 室見の目がすぼまる。
「オフィスまでの上り下り、エレベータやめて階段使うのよ」
 ああなるほど、階段ね。言われてみれば単純な話だ。そっかぁ階段かぁ――
「って、ここ七階ですよ!?」
 目を剥く工兵に室見はこともなげにうなずいてみせた。
「丁度いいボリュームよね、二・三階だと大した運動にならないし、かといって十数階だと時間かかりすぎるから」
「いや、時間がどうとかじゃなく」
「ちなみに私、駿河台の坂駆け上ったあと階段ダッシュしてるわよ?」
 ………。
 運動量の基準がそもそも違っていた。恐るべき鬼軍曹。前から思っていたがこの人、会社をブートキャンプか何かと勘違いしてないか?
 室見は視線を宙にさまよわせた。
「あと三食はきちんと摂ること、中途半端に食べたり抜いたりすると身体が飢餓モードに入って脂肪をため込みやすくなるから。できればちゃんと決まった時間に食べられるといいわね。そのかわり一食あたりの量は少なめにする。朝はバナナ一本でもいいと思うわ」
「はぁ」
「間食は厳禁。飲みの席でも高カロリーなおつまみはなるべく避ける。枝豆とか刺身盛り合わせとか比較的カロリー低いからそういうのを選ぶべきね。それから――
 口を挟む間もなく室見のレクチャーは続いた。
 食生活から睡眠、余暇の過ごし方にいたるまで、ことこまかに解説される。全く知らなかったが就寝前の食事はよくないらしい。なんでも昼間に比べて脂肪の蓄積度が二十倍になるとか。あと運動は二十分以上続けないと脂肪燃焼させられないなど、目から鱗の蘊蓄が次々と開陳されていった。ただいかんせん情報量が多すぎる。いい加減覚えきれなくなりかけた頃、室見の語りは止まった。
「というわけで以上を守れば問題なく痩せられるわよ」
「で、でしょうね……」
 混乱しつつうなずく。そりゃそれだけ頑張れば痩せもするだろう。すぐにでもメモを取らないと忘れてしまいそうだ、言われた内容を必死に反芻していると室見が手を叩いた。
「あ、そうだ一個忘れてた」
「まだあるんですか!?」
「うん、一番重要なポイント」
 しかつめらしい顔で言われる。
 彼女は姿勢を正した。ぐいと身を乗り出し。
「一日三缶、ツナを食べること」
「いや、いやいやいやいや」
 素で首を振ってしまった。
「え? 何言ってるんですか、今一生懸命カロリー減らす話してたのに、余分なもの食べてどうするんですか。言ってること矛盾してますよ」
「ふっ、分かってないわねぇ、これだから素人は」
 室見は肩をすくめ瞑目した。やれやれと言わんばかりにかぶりを振られる。
「いい? 何度も話している通りツナは完全食なの、これさえ食べていれば新陳代謝・血行・消化不良の全てが改善されるのよ。わずか一週間食べ続けただけであら不思議、ひ弱だった僕がみるみる健康体に!」
 無茶苦茶うさんくさいんですが……。
 だが室見は胡乱な視線をはね除けるように語気を強くした。
「薬を飲むのにカロリー気にする人いないでしょ? ツナもそれと同じ、食べることで身体の調子が変わるのよ。その証拠に私を見てみなさい。一日十缶食べて全き健康体、太っても肌が荒れてもいないでしょ?」
「まぁ……確かに」
 林檎だっけか、重めの食事前に食べると栄養素の吸収を妨げるとかあったように思う。同じような機能をツナも持っているということか。まぁこれだけ色々ダイエットの知識を持っているのだ。多分何か根拠があって喋っているのだろう。
 とりあえず……言われた通りにやってみるか。
 深々とうなずき顔を上げる。
「分かりました、室見さんの教えを守って生活してみます。一日三缶ツナ食、通勤は基本階段使用、朝はバナナダイエットで!」
「おお、いいわね桜坂、今のあんたちょっとまぶしいわ。顔がてかてかと光って神々しい感じ」
「……それ、多分肌が脂ぎってるだけかと」
 どうにもしまらないやりとりの末、工兵のダイエット生活は始まった。

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