電撃文庫

○○○○ ドラマCD発売記念特別短編「立華ズ・ブートキャンプ」前編

「それと、気づいてないかもしれないけどあんた結構間食してるわよ。小腹がすいたーとか言ってオフィスグリコばりぼり食べてるでしょ。スナック菓子一袋で二、三百キロカロリー? 全部合わせるとあんたの一日当たり想定摂取カロリーは」
 室見の細い指が順に折りたたまれる。ややあって彼女は死刑宣告のごとく告げた。
「四千キロカロリー! さっきも言った通り成人の必要カロリーは一日あたり約二千キロだから倍以上の栄養が蓄積されている。脂肪に換算すると二百グラム。一週間で……一・四キロ!」
「ぎゃああああ!」
 名状しがたい恐怖に絶叫する。
 実際数字に表して説明されると破壊力抜群だった。破滅へのカウントダウン、終末の『見える化』。
 やばい、やばい、やばい。
 自分がどれだけ不摂生していたか分かる。そりゃ太りもするだろう。毎週一キロ以上脂肪を溜めていたら。多少徹夜したところでバランスが取れるはずもない。
 もう少し自分の生活を顧みるべきだった。そう、今室見が教えてくれたように、ちゃんとエネルギー量とかを数値化して。
 反省しかけてふっと疑問に思う。
「てか室見さん、えらく詳しいですね、成人が一日あたりに必要なカロリーとか、調べたんですか?」
「当たり前でしょ」
 室見は薄い胸を張ってみせた。片手を腰に当てモデル立ちになる。
「何もせずこのスタイルを維持できてると思ったの? 私は私なりに気を遣ってるのよ。不規則な生活でも体型を崩さないように、情報を集めてね」
「はぁあ」
 意外な言葉だった。てっきり自然体・無手勝流で生きているのかと思ったが。ちゃんと健康にも配慮しているらしい。なら床に寝るなよとか、DCにキャミ一枚で突入するなよとか言いたいことはいくらかあるが。
「室見さん、いや室見師匠!」
「し、師匠?」
 後じさる室見の前で頭を下げる。わずかに面をもたげ。
「お見それしました。激務の中、限られた時間で自らの体調にまで気を配っているとは、まっこと社会人の鑑です。この桜坂、心より感服しましてござります」
「誰よ……あんた」
「つきましては是非それがしに生活指導をお願いしたく! だいえっと ――――― の極意という奴を教えていただけないでしょうか?」
「極意も何も」
 室見は戸惑ったように口ごもった。しかめっ面で首を傾げる。
「飲みに行くのやめればいいでしょ、金も貯まるし健康にもいいし一石二鳥じゃない」
「いやそれは無理、無理です」
 即レス。室見が「なんで」と眉をひそめる。
「僕の交友関係、ほとんど飲みで繋がってるんですよ。橋本課長もそうですし藤崎さんとも。これなくしたら色々人間関係に支障を来します」
 はぁと盛大な溜め息をつかれた。室見はうんざりした表情で額を押えた。
「じゃあ飲み屋に行くだけ行ってウーロン茶飲んでたら? あれカロリーゼロだし」
「そんな付き合いの悪いこと! できるわけないでしょう!」
「………」
 室見は付き合っていられないとばかりに踵を返した。慌てて彼女の腕をつかむ。
「ちょ、ちょっと待ってください! いいんですか? 部下がブクブクの肥満体になっても。一緒にいて超かっこわるいですよ。うわ、何あの子、小汚い豚を連れているわ、クスクス、キモーイ、豚テイマーとか陰口叩かれますよ」
「知らないわよ! 仕事以外のプライベートまでOJT請け負った記憶はないわ。一緒に歩けないほど醜く肥え太ったら普通に別行動するだけよ。原則現地集合・現地解散で」
「そ、そんなこと言わないで、面倒見てください。お願いです、お願いですから」
「ちょ、ちょっとあんたどこ触ってるのよ、ちょっと!?」
「はぁ……はぁ、くびれ……細い足……はぁ……はぁ、欲しい、この体型が欲しい……」
「ひぃうっ!? ちょ、撫でないで。気色悪い、離して、離しなさいってば!」
 ―――
 十分後。
「……まぁ確かに……不摂生がたたって仕事休まれても困るし。いいわよ、相談のったげる」
 ぜぇ、はぁ、ぜぇ。
 荒い息をつきながら室見がつぶやく。オフィスチェアに腰かけ神経質に服の乱れを直していた。
 その正面で工兵は青あざだらけになり沈没している。勝利は勝ち取ったものの代償はあまりに大きい。しばらく風呂に入るのも厳しそうだった。
 痛む身体を押えつつ着席する。椅子を回し室見と向き合った。
「……って、あの、自分から相談しといてなんですけど、毎晩飲みに行ってしかも満足に運動する暇もないのに痩せるとか、そんな方法あるんですか? ものすごくご都合主義な話に思えるんですけど」
「まぁ確かに都合のいい相談だけど……手がないわけじゃないわよ。実際藤崎さんとかガリガリでしょ? 結構飲みに行っている割には」
 言われてみれば、梢さんも橋本さんも肥満には程遠い。同じ生活をしてるはずなのになぜこれほど差が出ているのか。疑問に思っていると室見は腕組みし座席にもたれかかった。
「ふふん、気づいたようね。そう、あんたはぶっちゃけて言うと基礎代謝が低いのよ。他の人達に比べて」
「基礎……代謝?」
「普通に生きて暮らしているだけで消費されるカロリー、あんた今歳いくつだっけ? ……二十三? で身長と体重は? ……ふむふむ、じゃあざっと千五百キロカロリーってところね。そんだけのエネルギーが何もしないでも使われているのよ、極端な話一日中家で寝転がってても」
「え、マジですか?」
 驚いた。ただ家でゴロゴロしているだけでカロリーが消えていく? そんなうまい話があるのか。驚愕に突き動かされ身を乗り出す。

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